西尾市剣道連盟の歴史

 城下町西尾の剣道のルーツは江戸時代西尾藩歴代藩主が「文武両道」を説き剣道に力を入れ,若い藩士を江戸の道場に派遣して学ばせたことにある。そして,明治に入ると他の地域に先駆けて小学校高等科に剣道を取り入れた。

 敗戦後の剣道禁止を経て,昭和23年秋頃より,西尾芳友会ならびに平坂剣友会が活動を始めた。

 昭和24年に名古屋で開催された第1回ジャパニーズフェンシング大会には,西尾・平坂から多くの選手が出場した。第2回ジャパニーズフェンシング大会では,西尾芳友会が優勝した。

 これを機に,昭和25年5月3日,西尾芳友会が第1回近県日本剣道団体試合(現・中部日本剣道大会)を開催した。同年11月3日には平坂剣友会も近県下大会を開催した。昭和26年7月29日には幡豆郡の有志が中心となって全愛知県剣道大会を開催した。

 昭和28年2月10日,西尾芳友会・平坂剣友会,横須賀瓢水会の三団体が中心となって,幡豆郡剣道撓競技連盟(会長 伊沢三郎,理事長 青山光夫)が設立された。

 昭和28年12月15日に西尾市制が施行されるに伴って,昭和29年10月5日に西尾市剣道撓競技連盟(会長 中村謙作【西尾市長】,理事長 中村安之)が設立された。

 10月11日,第四回中部日本剣道大会を西尾市制記念大会として西尾市剣道連盟と西尾市が共催して実施し,あわせてこの大会を西尾市剣道連盟の発足式とした。

                             【参考文献】 西尾市剣道連盟,2005,『西尾市剣道連盟五十周年記念誌 地域からの剣道史ー戦後編ー』